秋が深まり、木々が色づき始めた2025年10月末。茨城県の静ヒルズカントリークラブは、ただのゴルフ場ではありませんでした。それは、選手たちの様々なドラマが交錯する、華麗で、そして少しだけ残酷な舞台へと姿を変えていました。
2025年10月29日から31日にかけて開催されたJLPGAステップ・アップ・ツアー「ヒルズレディース 森ビルカップ」 。賞金総額2,000万円、優勝賞金360万円をかけたこの戦いは 、一人のベテラン選手が自身の内面と向き合い、ツアーの歴史を塗り替えるまでの、息をのむような3日間のドキュメントとなりました。
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海外トーナメントのような舞台
この大会が他と一線を画していたのは、その「雰囲気」でした。
会場に足を踏み入れると、まず目を引くのが、優雅な観戦が楽しめる「VIPラウンジ」の存在です 。観戦の合間にゆったりと食事や飲み物を楽しむことができ、その豪華な設えは、出場した選手たちからも「すごい!豪華!!」「まるで海外のトーナメントみたい!」と感嘆の声が上がるほどでした 。
さらに、ギャラリープラザには人気キッチンカーがずらりと並び 、会場でしか手に入らない「大会限定のウイスキーとジン」のパッケージが用意されるなど 、まさに「お祭り」のような華やかさ。
しかし、その裏で、選手たちはタフな戦いを強いられていました。大会の舞台となった静ヒルズカントリークラブは、全長が約300ヤードも延長され、より難易度の高い戦略的なコースへと変貌していたのです 。
この「華やかさ」と「過酷さ」が同居する特別な空間。それこそが、2025年のヒルズレディース 森ビルカップが、これほどまでにドラマチックな展開を迎えた理由だったのかもしれません。
第1日:波乱の幕開けと「偽りの主役」
保坂真由<Photo:JLPGA>大会初日の10月29日 。秋晴れのもと、主役の座に躍り出たのは、プロ12年目の保坂真由選手でした 。
彼女のゴルフは、まさにドラマそのもの。序盤はボギーが先行し、一時は2オーバーまでスコアを落とす苦しい展開でした。しかし、そこからが圧巻でした。まるで何かが吹っ切れたかのように、7つのバーディを奪う猛チャージを見せます 。終わってみれば、この日唯一の60台となる「67」をマーク 。通算5アンダーで、単独首位発進という最高の一日を締めくくりました 。
「ずっとパッティングが悪くてスコアを伸ばせない状態が続いていた」と語る保坂選手 。その彼女が「難しいコースで5アンダーで回れたのが本当に嬉しいです」と笑顔を見せた時、多くの人が彼女の週末の活躍を予感したことでしょう 。
その一方で、この物語の真の主役となる仲宗根澄香選手は、まだ静かにその時を待っていました。初日を1アンダーで終え、首位とは4打差の11位タイ 。トップを走る保坂選手の背中は、まだ遠くに見えていました。
第2日:すべてが動いた「逆転の日」
仲宗根澄香<Photo:JLPGA>すべてが動いたのは、2日目の10月30日でした。
この日、主役が入れ替わります。初日11位タイだった仲宗根澄香選手が、圧巻のプレーを見せました。6バーディ、2ボギーの「68」という素晴らしいスコアを叩き出し、通算スコアを5アンダーまで伸ばします 。
初日首位の保坂真由選手はスコアを落として3アンダーの3位に後退 。平岡瑠依選手が4アンダーで2位につける中 、仲宗根選手がただ一人、通算5アンダーで単独首位の座を奪取したのです 。
彼女のこの爆発力は、決して偶然ではありませんでした。2週間前に行われた「ECCレディスゴルフトーナメント」でも優勝しており 、まさに「ゾーン」に入っているかのような勢い。彼女はもはや挑戦者ではなく、このトーナメントを支配する「女王」として、最終日を迎えることになったのです。
嵐を呼んだ「カットラインの攻防」
その一方で、もう一つのドラマが静かに進行していました。
今大会、2週連続優勝を狙い、賞金ランキング1位を走るルーキーの大久保柚季選手 。誰もが彼女の優勝争いを期待していましたが、その若き女王が、まさかの大苦戦を強いられます。
「本命」であるがゆえのプレッシャーが、彼女のプレーを少しずつ狂わせていきました。2日目を終えて、彼女のスコアは通算5オーバー 。
そして、発表された予選カットラインは、奇しくも同じ「通算5オーバー、50位タイ」 。
大久保選手は、まさに崖っぷちのところで、辛うじて最終日への切符を手にしました 2。この瞬間、現役賞金女王の「重圧」と、それをはねのけて首位に立ったベテラン仲宗根選手の「経験」の差が、鮮やかなコントラストとなって現れたのです。
最終日、彼女が「自分」に打ち勝つまで
エイミー・コガ<Photo:JLPGA>運命の最終日、10月31日。朝から快晴に恵まれ、選手もボランティアも元気にスタートしていきました 。
単独首位からスタートした仲宗根澄香選手 。しかし、その心は快晴とは程遠い状態でした。
「ひとことでいうと、うれしい。だけど、プレーしている私は最初から最後まですごく苦しかった」 。
彼女は勝利者インタビューで、そう胸の内を明かしています。「スタートから緊張していた」 。彼女のこの日最大の敵は、追いかけるエイミー・コガ選手でも、難コースの静ヒルズでもなく、勝利を意識する「自分自身」のプレッシャーでした。
彼女の戦略は明確でした。「後続に影を踏ませない」——つまり、一度もリードを許さず、背中を見せ続けて勝つこと 。
その言葉通り、彼女は序盤からバーディを重ね、アドバンテージを握り続けます。前半を3バーディ、ノーボギーで折り返し 、一時は2位との差を「最大6ストローク」まで広げる独走態勢に。
この日、彼女の強さが凝縮されたのが、後半最初の10番ホールでした。残り32ヤードの第3打。58度のウェッジから放たれたボールは、ピンそば「15センチ」に吸い寄せられるスーパーショットに 。誰もが息をのんだこの一打で、彼女は「緊張」を「技術」でねじ伏せてみせました。
勝利の女神が与えた最後の試練
<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>しかし、ゴルフの神様は、そう簡単には微笑みません。
彼女が「特に難しい」と警戒していた17番、18番の上がり2ホール 。6打あったリードは、じりじりと詰め寄られていました。プレッシャーは最高潮に達します。
それでも、彼女は崩れませんでした。この日を4バーディ、2ボギーの「70」でまとめ 、最終スコアは通算7アンダー 。
猛烈な追い上げを見せたエイミー・コガ選手(最終日「67」をマーク)を2打差で振り切り 、ついに優勝のゴールテープを切りました。
彼女が発した第一声こそが、この勝利の本質を物語っていました。
「自分に打ち勝つことができて、本当に嬉しいです」 。
彼女を支えたのは、才能だけではありませんでした。ベテランならではの「準備力」です。彼女は「前夜はヤーデージメモを見ながら、18ホールのシミュレーション」をしていたと語ります 。「いい準備が、いい結果につながった」。その言葉に、33歳のプロフェッショナルの矜持が詰まっていました。
2025 ヒルズレディース 森ビルカップ 最終結果 トップ10
| 順位 | 選手名 | 通算スコア | R1 | R2 | R3 |
| 1 | 仲宗根 澄香 | -7 | 71 | 68 | 70 |
| 2 | エイミー・コガ | -5 | 68 | 76 | 67 |
| 3T | 林 菜乃子 | -4 | 68 | 75 | 69 |
| 3T | 工藤 優海 | -4 | 73 | 70 | 69 |
| 3T | 平岡 瑠依 | -4 | 70 | 70 | 72 |
| 6 | 木下 彩 | -3 | 74 | 68 | 71 |
| 7T | 山下 心暖 | -2 | 71 | 74 | 69 |
| 7T | 皆吉 愛寿香 | -2 | 74 | 71 | 69 |
| 7T | 原 江里菜 | -2 | 70 | 74 | 70 |
| 7T | 永田 加奈恵 | -2 | 73 | 71 | 70 |
| 7T | 荒川 怜郁 | -2 | 72 | 71 | 71 |
栄光の「6」、そしてそれぞれの秋
仲宗根澄香選手のこの1勝は、単なる今季2勝目、出場2連勝というだけではありませんでした。
これは、彼女のJLPGAステップアップツアー通算「6勝目」。
これまで櫻井心那選手、大久保夢未選手、福山恵梨選手らが並んでいた通算5勝の記録を抜き、「歴代単独トップ」に躍り出た、歴史的な金字塔だったのです 。
「勝ったことはまぐれではない証明。実力がついてきた感じがする」。33歳のプロ11年目にして 、彼女は静ヒルズの地で、ツアーの歴史にその名を刻みました 。
ベテランの「復活」とルーキーの「現実」
原江里菜<Photo:JLPGA>そして、この最終日には、対照的な二つのドラマが生まれていました。
一つは、「ベテランの復活」です。
37歳の原江里菜選手が、通算2アンダーの7位タイでフィニッシュ。これは彼女にとって、実に「2年ぶり」のトップ10入りでした。長く苦しいトンネルを抜けた、価値ある「復活」の光でした。
もう一つは、「ルーキーの現実」です。
賞金ランク1位で今大会に臨んだ大久保柚季選手。カットラインぎりぎりで迎えた最終日も浮上のきっかけを掴めず、通算11オーバーの64位タイで3日間を終えました。2週連続優勝を狙った「本命」のまさかの失速は、プロの世界の厳しさ、そして「プレッシャー」という見えない敵の恐ろしさを物語っていました。
ちなみに、未来の光も見えています。ベストアマチュア賞は吉﨑マーナ選手が獲得 。通算1アンダー、12位タイという堂々たる成績でした 。
「自分に打ち勝った」33歳の新記録保持者。
「2年ぶりに光を見た」37歳のベテラン。
「重圧に泣いた」賞金ランク1位のルーキー。
そして、彼女たちを包み込んだ、海外トーナメントのような静ヒルズの美しい秋。この3日間の記憶は、勝者にも、敗者にも、そして私たち観客の心にも、深く刻まれたことでしょう。
