2025年ステップ・アップ・ツアー

16歳アマ・岩永杏奈が大阪決戦で演じた、ステップアップツアー史に残る大逆転劇

2025年11月8日、JLPGAステップ・アップ・ツアー第20戦『明治安田レディスオープンゴルフトーナメント』の最終日。大阪府茨木市の茨木国際ゴルフ倶楽部は、歴史が動く瞬間を静かに見守っていました。

主役は、16歳のアマチュア、岩永杏奈選手。最終18番パー5、彼女はウィニングパットを冷静にタップイン。通算12アンダー、3日間すべて60台(69-68-67)という圧巻のスコアで、プロのトーナメントを制しました。

JLPGAステップ・アップ・ツアーにおいて、アマチュア選手が優勝するのは史上8人目の快挙です。しかし、この勝利の衝撃は、単なる「8人目」という数字だけでは計り知れません。

なぜなら、史上7人目のアマチュア優勝者・後藤あい選手も、岩永選手と同じ兵庫県出身、そして「同学年」なのです。畑岡奈紗選手や渋野日向子選手らを輩出した「黄金世代」の登場から数年、日本女子ゴルフ界は、すでに「新・黄金世代」とでも言うべき恐るべき才能の波が、プロの舞台にまで到達していることを証明しました。

岩永選手自身、同世代・後藤選手の快挙についてこう語っています。「もちろん刺激にもなりましたし、自分も同じように優勝したいという気持ちがあったので、達成できてうれしいです」。彼女たちの世代にとって、プロの試合で優勝することは、もはや「夢」ではなく、明確な「目標」となっているのです。

序盤の主役たち — ルーキーたちの意地

<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>

このドラマチックな結末を理解するために、まずは時計を11月6日の初日に巻き戻しましょう。

大会序盤、スポットライトを浴びていたのはアマチュアの岩永選手ではなく、今季プロデビューしたルーキーたちでした。

初日(11月6日)ルーキー2人が首位発進

大会初日、リーダーボードのトップに立ったのは、ともにルーキーの六車日那乃(むぐるま ひなの)選手と加藤麗奈(かとう れな)選手。二人は「6アンダー」で並び、完璧なスタートを切りました。

六車日那乃選手(1位タイ:-6)

「最終ホールのボギーだけもったいなかった。ですが、それ以外は本当にいいゴルフができて危げない内容だったかなと思います」と、わずかなミスを悔やみながらも、その安定したプレー内容に手応えを感じていました。

加藤麗奈選手(1位タイ:-6)

一方の加藤選手は、キャリアで初めてというスタートホールでのイーグル発進に「ソワソワしていました」と初々しさを見せつつ、「全体的にパッティングが良かった」とスコアメイクの要因を語りました。

彼女たちを、1W(ドライバー)のヘッド角度を9度から10.5度に変更して復調を狙うベテランの一ノ瀬優希選手らが、1打差の5アンダーで追う展開となりました。

2日目(11月7日)アマチュアの静かなる進撃

大会2日目、試合は動きます。初日首位タイだった加藤麗奈選手がさらにスコアを伸ばし、通算9アンダーで単独首位に立ちました。今季2勝目、そして地元・関西での優勝へ王手をかけます。

しかし、その背後で、この物語の主人公が静かに牙を研いでいました。アマチュアの岩永杏奈選手です。

初日「69」、2日目「68」と着実にスコアを伸ばした岩永選手は、通算7アンダーの単独2位に浮上。首位の加藤選手とは2打差。最終日最終組での直接対決の権利を掴み取りました。

この時点で、プロたちは最大の脅威が迫っていることに気づくべきでした。岩永選手は2日目のラウンド後、こうコメントしています。

「ショットが良くて、バーディーチャンスに多く付けられたのは良かったですが、1メートルのパットを3回ほど外してしまったのがもったいなかったです」。

これは、単なる謙遜ではありません。彼女は、プロでも決めなければならない「1メートルのパットを3回も外し」ながら、それでも「68」というスコアで回ってきたのです。

これは、彼女のショットがいかにプロの基準を凌駕し、圧倒的なバーディーチャンスを生み出し続けていたかを示す証拠でした。首位との2打差は、むしろプロたちにとって「最小限の差」で済んだ、幸運な結果だったのかもしれません。

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運命の最終日 — 15番ホール、三つ巴の激闘

<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>

そして11月8日、運命の最終日。賞金総額2,000万円、優勝賞金360万円をかけた戦いは、終盤のサンデーバックナインで息詰まるデッドヒートとなります。

優勝争いは、単独首位の加藤麗奈選手(-9)、2打差で追うアマチュア岩永杏奈選手(-7)、そして3打差の3位タイから猛追するルーキー六車日那乃選手(-6)の3人に絞られました。

ターニングポイント!15番ホールの激震

物語が交錯したのは、15番パー4でした。

最終組の2つ前でプレーしていた六車日那乃選手が、この勝負どころの15番で痛恨のボギーを叩いてしまいます。

この結果、信じられない事態が発生します。六車選手がスコアを落としたことで、この瞬間、加藤選手、岩永選手、そして六車選手の3人が、一時的に「通算9アンダー」で首位に並ぶという、三つ巴の混戦状態が生まれたのです。

敗れたプロたちの証言

この重圧の中、プロたちは何を思っていたのでしょうか。

加藤麗奈選手(最終結果:3位)

最終的に3位で終わった加藤選手は、敗因をこう分析しています。「2番ホール(の3パット)…そこから流れを作れなかったなという感じです」。首位スタートのプレッシャーが、勝負どころの終盤ではなく、序盤のパッティングから彼女のリズムを微妙に狂わせていました。しかし、友人でもある岩永選手の優勝には「おめでとうと言いたいです」と祝福を送りました。

六車日那乃選手(最終結果:2位)

15番のボギーが響き2位となった六車選手ですが、その表情は晴れやかでした。「最終日も強い気持ちを入れてプレーした」「緊張した時はヘッドアップしてしまう自分を知ることができたので、将来の自分にとって良かったと思います」。この敗戦を、彼女は未来への確かな糧としました。

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クライマックス —「神がかり」の3ホール

<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>

プロたちが重圧に苦しむ中、一人の16歳が覚醒します。3人が通算9アンダーで並んだ直後、同じ15番ホールで、岩永杏奈選手の「神がかり」とも言えるプレーが始まりました。

圧巻の3連続バーディ

  1. 15番(パー4):覚醒の8メートル

    首位に並ばれた直後という、最もプレッシャーのかかる場面。岩永選手は、ここで「8メートル」の長いバーディパットを沈めます。

    通算10アンダー。一気に混戦から抜け出し、単独首位に立ちました。

  2. 16番(パー3):完璧な1メートル

    完全にゾーンに入った岩永選手。ティーショットを「ピン手前1メートルにピタリ」とつける完璧なショットを見せます。これをあっさりと沈め、2連続バーディ。通算11アンダー。

  3. 17番(パー4):勝利を掴む5メートル

    そして、勝利を決定づけるパットが訪れます。「下りの5メートル」という難しいライン 2。ボールは彼女のイメージ通りに転がり、カップの真ん中へ。

    圧巻の3連続バーディ。通算12アンダー。

わずか3ホールで、-9の混戦から-12の独走へ。プロ2人を一瞬で置き去りにする、驚異的なフィニッシュでした。

奇跡の背景にある「V字回復」

この完璧なプレーは、どこから来たのでしょうか。信じられないことに、岩永選手は今大会の「直前」まで、極度の不振に喘いでいました。

前週、彼女は格上のJLPGAツアー(レギュラーツアー)「樋口久子 三菱電機レディスゴルフトーナメント」に出場。しかし、初日に「79」を叩き、通算7オーバーで予選落ちを喫しています。

「アイアンが20ヤードぐらい右に飛んでいって、どうやってもグリーンに乗らない状態でした」。

これは、プロゴルファーにとって「致命的」な状態です。しかし、彼女はこの1週間足らずで、コーチと動画を見ながらスイングを徹底的に修正。レギュラーツアーでの「惨敗」という経験を即座に分析・修正し、次の試合(格下のステップアップツアー)で「圧勝」するという、離れ業をやってのけたのです。

これは単なる「天才」の勝利ではありません。16歳にして、失敗から学び、即座に結果を出す「驚異的な修正能力」と「精神的な回復力」の証でした。

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勝利の裏側 — 360万円の「本当」の行方

<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>

岩永杏奈選手は、優勝トロフィーを手にし、最高の笑顔を見せました。しかし、彼女はアマチュアです。JLPGAの規定(および世界のアマチュアゴルフ規則)により、彼女は賞金を受け取ることはできません。

今大会の優勝賞金は「360万円」。この大金は、文字通り「宙に浮く」ことになりました。

この賞金の行方について、公式のレポートには明記されていません。しかし、プロゴルフの世界には厳格なルールが存在します。アマチュアが優勝した場合、その賞金は、プロ選手の最上位者に「繰り下がり」で支払われるのです。

では、今大会のプロ最上位は誰だったのでしょうか。最終結果を見てみましょう。

2025 明治安田レディスオープン 最終結果トップ10

順位 スコア 選手名 (備考)
1 -12 岩永 杏奈 @ (アマチュア)
2 -10 六車 日那乃
3 -9 加藤 麗奈
T4 -6 中山 三奈
T4 -6 安田 彩乃
T6 -5 吉川 桃
T6 -5 林 菜乃子
T6 -5 仲宗根 澄香
T6 -5 山下 心暖
T6 -5 神谷 桃歌
T6 -5 サイ ペイイン (前年度優勝者)

(@はアマチュア。Tはタイ=同順位)

ご覧の通り、プロ選手の最上位は、通算10アンダーで単独2位に入った、ルーキーの六車日那乃選手です。

つまり、六車日那乃選手は「順位は2位」ですが、「獲得賞金は1位」となります。彼女が手にするのは、本来の2位の賞金(約216万円)ではなく、1位の優勝賞金360万円全額なのです。

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最大の勝者 — ランキングを揺るがす「ボーナス」

<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>

この360万円という金額は、六車選手にとって、単なる「臨時収入」以上の、極めて重大な意味を持ちます。

ステップ・アップ・ツアーの「本当」の戦い

ステップ・アップ・ツアーで戦うプロたちの最大の目標は、シーズン終了時の「明治安田ステップ・ランキング」(賞金ランキングに相当)で上位に入ることです。

  • ランキング2位以内: 来季JLPGAツアー(レギュラーツアー)第1回リランキングまでの出場権獲得。
  • ランキング3位~10位: QT(予選会)ファイナルステージの出場資格獲得。

今大会は、シーズン残り3戦という、まさに「崖っぷち」の戦いでした。

大会前のランキングは、1位 大久保柚季選手(約1614万円)、2位 皆吉愛寿香選手(約1354万円)、3位 浜崎未来選手(約1236万円)という状況で、ルーキーの六車選手は圏外にいました。

六車日那乃の「ジャックポット」

もし、今大会でプロ(例えば加藤選手)が優勝し、六車選手が単独2位だった場合、彼女が得る賞金は約216万円でした。それでも大きな前進です。

しかし、現実は違いました。アマチュアの岩永選手が優勝した「おかげ」で、彼女は優勝賞金360万円を手にしました。

2位賞金との差額、約144万円。この「ボーナス」とも言える巨額の賞金加算は、彼女の「明治安田ステップ・ランキング」を劇的に押し上げます。彼女はこの一戦で、来季のレギュラーツアー出場権が与えられる「ランキング2位以内」の座を、一気に射程圏内に捉えた可能性が極めて高いのです。

賞金配分のパラドックス(推定)

順位 選手名 賞金規定上の扱い 獲得賞金(推定)
1 岩永 杏奈 (@) アマチュア規定 ¥0
2 六車 日那乃 プロ最上位(1位賞金) ¥3,600,000
3 加藤 麗奈 プロ2番手(2位賞金) (約 ¥2,160,000)
T4 中山 三奈 プロ3番手タイ(3位賞金) (約 ¥1,440,000)
T4 安田 彩乃 プロ3番手タイ(3位賞金) (約 ¥1,440,000)

(賞金額はJLPGAの配分比率に基づく推定値)

岩永杏奈選手が歴史的な「名誉」を手にした一方で、六車日那乃選手はプロとして最も重要な「実利」—来季の職場—を掴み取りました。

今大会の「もう一人の勝者」は、間違いなく彼女でした。

エピローグ — 大阪から未来へ

<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>

2025年の「明治安田レディスオープン」は、ゴルフ史に残る二重のドラマとして記憶されることになりました。

一人は、16歳にしてプロを凌駕する力と、惨敗から即座に立ち直る修正能力を併せ持つ、アマチュアの岩永杏奈選手。彼女がプロ転向する日が、JLPGAツアーの勢力図を塗り替える日になることは間違いないでしょう。

そしてもう一人は、ルーキーイヤーにトップ争いを演じ、敗れはしたものの、プロゴルファーのキャリアで最も重要な「賞金」と「来季への道」を掴み取った六車日那乃選手。彼女と加藤麗奈選手は、来季のレギュラーツアーでの活躍が期待される即戦力です。

歴史に残るアマチュアの快挙と、プロのキャリアを左右するドラマチックな賞金の行方。大阪での激闘を経て、残り2戦となったステップ・アップ・ツアーのランキング争いは、さらに熾烈を極めます。

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