2025年ステップ・アップ・ツアー

一ノ瀬優希、2025年あおもりレディスオープンでの記録破りの凱旋

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2025年7月19日、夏の日差しが照りつける青森カントリー倶楽部。1,208人のギャラリーが見守る中、JLPGAステップ・アップ・ツアー「あおもりレディスオープンゴルフトーナメント」は劇的なクライマックスを迎えようとしていた 。その中心にいたのは、36歳のベテラン、一ノ瀬優希。最終18番パー5、2位に3打差のリードを保ちながら、彼女はセオリーを覆す決断を下した。

18番グリーンに響き渡ったチャンピオンの咆哮

<Photo:Kenta Harada/Getty Images>

グリーン手前に大きな池が広がる難ホール。ピンまでの距離は220ヤード。安全策を取るのが定石の場面で、彼女は迷わず3番ウッドを手に取った。それは、単なるショット選択以上の意味を持つ、彼女のゴルフ人生そのものを象徴する一打だった。「優勝争いをしているとき、刻んでもいいことがなかった。狙えるときは狙おう。それで負けても仕方がないと考えました」と後に語ったように、過去の経験から導き出された、揺るぎない信念の表れであった 。

ややトップ気味に入った打球は、低い弾道でグリーン手前の花道を駆け上がり、まるで意志を持っているかのようにピンを直撃。ボールはピン右上7メートルに静止した 。この瞬間、勝負は決した。このホールをバーディーで締めくくった一ノ瀬は、最終スコアを通算13アンダーの206とし、大会レコードを更新しての圧巻の優勝を飾った 。それは、ステップ・アップ・ツアー初優勝であり、2014年のレギュラーツアー以来となる、実に11年ぶりの勝利。そして何より、二児の母となってから初めて掴んだ、栄光のタイトルであった 。この最後の一打は、ブランクと育児という大きな壁を乗り越え、新たな強さを手に入れたアスリートの、高らかな復活宣言に他ならなかった。

ルーキーの電撃戦と青森で放たれた爆発的スコア

<Photo:JLPGA>

大会の幕開けは、波乱に満ちていた。7月17日の初日、JLPGAステップ・アップ・ツアー2025年シーズン第11戦として開催された今大会(賞金総額2,000万円)の主役となったのは、一人のルーキーだった 。平塚新夢が、パー73のコース設定を物ともせず、驚異的なスコアを叩き出したのである 。

彼女のスコアカードは、そのプレーの激しさを物語っていた。10個のバーディーを量産する一方で、4つのボギー。出入りの激しいゴルフながら、終わってみれば6アンダーの「67」で単独首位発進を決めた 。この異次元のプレーに、平塚自身も「きょうの10バーディーは出来過ぎなので、あしたは欲張らず、なるべくトラブルの少ない平和なゴルフをしたい」とコメントし、そのパフォーマンスが持続困難なほどのエネルギーを要したことを示唆した 。このコメントは、若き才能が持つ爆発力と、それをコントロールする難しさという、プロゴルフの世界における永遠のテーマを浮き彫りにした。

この日、大会は他にもハイライトを生んだ。東浩子が16番ホールでホールインワンを達成し、自身3度目となるエースでギャラリーを沸かせた 。その一方で、のちに女王となる一ノ瀬優希は、静かに、しかし着実に自分のポジションを築いていた。4アンダーの4位タイと、首位と2打差の好位置につけ、虎視眈々と逆転の機会をうかがっていたのである 。爆発力でリードを奪ったルーキーと、経験に裏打ちされた安定感で追走するベテラン。初日にして、大会の対照的な構図が鮮明になった。

混戦模様の緊迫のムービングデー

大会2日目の7月18日、リーダーボードは大きく動いた。「ムービングデー」の名の通り、選手たちの順位はめまぐるしく入れ替わり、優勝争いは一気に混戦模様を呈した。

初日に圧巻のプレーを見せた平塚は、リーダーのプレッシャーからかスコアを伸ばせず後退(最終的に19位タイでフィニッシュ) 。代わって首位に躍り出たのは、通算8アンダーで並んだ3人の選手だった。プロ6年目の25歳、石井理緒が「70」でプレーし首位に浮上。タイのP.サイパン、そして常文恵もスコアを伸ばし、トップタイで最終日を迎えることになった 。誰か一人が抜け出すのではなく、複数の選手が僅差でひしめき合う展開は、最終日の激闘を予感させた。

この日、一ノ瀬優希のプレーは「堅実」そのものだった。派手さはないものの、2アンダーの「71」で着実にスコアを伸ばし、通算6アンダーまで浮上。順位を5位タイとし、首位とはわずか2打差。これは、最終日に逆転を狙う上で、心理的プレッシャーが少なく、かつ十分に射程圏内という絶好のポジションであった 。この日の彼女の戦い方は、トーナメントを勝ち抜くための巧みな戦略を示していた。嵐のようなスコアの応酬が繰り広げられる中で、冷静に自分のゴルフに徹し、エネルギーを温存しながら最終決戦の舞台を整える。まさに百戦錬磨のベテランならではのコースマネジメントであった。

なお、この日をもって予選ラウンドが終了し、通算1オーバー147ストロークまでのプロ50人、アマチュア2人の計52人が決勝ラウンドへと駒を進めた 。

最終日の完璧なる逆転劇

「5アンダーか6アンダーを出せば自分にもチャンスはある」。最終日を前に、一ノ瀬は静かに闘志を燃やしていた 。そして、その言葉を自ら体現するかのように、彼女のチャージはスタートホールから始まった。1番、2番で連続バーディーを奪い、優勝争いに名乗りを上げると、その勢いは最後まで衰えることはなかった 。

この日の彼女のプレーは、完璧という言葉以外に見つからない。最終日のプレッシャーがかかる中、ボギーを一つも叩かないノーボギーのラウンドを展開 。バックナインに入っても10番、12番、15番と要所でバーディーを奪い、後続を突き放していく 。最終的に7つのバーディーを積み重ね、この日のベストスコアとなる「66」(パー73のコースで7アンダー)をマークした 。

首位でスタートした選手たちがプレッシャーからスコアを伸ばしあぐねる中、一ノ瀬の安定したプレーは、まるで教科書のような逆転劇だった。経験に裏打ちされた冷静な判断力と、ここ一番で攻め切る精神的な強さ。その両方が完璧に噛み合った結果、2位の福田萌維に4打差をつける圧勝となった 。通算13アンダーというスコアは、新たなトーナメントレコードとして歴史に刻まれた 。それは、若手の勢いを経験と技術でねじ伏せた、ベテランによる圧巻のパフォーマンスであった。

王者の道のりと再起、家族、そして新たな力

この勝利は、単なる一勝以上の物語を内包していた。一ノ瀬優希のゴルフキャリアは、決して平坦なものではなかった。レギュラーツアーで3勝を挙げた実力者でありながら、2019年に同じくプロゴルファーの谷口拓也と結婚し、ツアーの第一線から一度距離を置いた 。2020年10月に長女、そして昨年5月には長男を出産。二度の産休・育休を経て、彼女は再びこの舞台に戻ってきた 。

復帰への道のりは、想像を絶する困難との戦いだった。限られた練習時間の中で、かつての感覚を取り戻さなければならない。しかし、彼女を支えたのは家族の存在だった。特に、ゴルフが母親の仕事だと理解し始めた4歳の長女が「ママ、1位になった?」と尋ねる言葉は、大きなモチベーションになったという 。彼女は、「子どもを産んでも、またこうやって頑張れる。それを見せることができたら、また(ツアーに)戻ってきたいって人もいると思う」と語り、後に続く女性アスリートへの道標となることを自覚していた 。

驚くべきことに、出産は彼女に新たな力をもたらした。体重10kgの長男を抱っこしながらの生活は、図らずも体幹を鍛えるトレーニングとなり、出産前よりも飛距離が伸びるという現象が起きた 。夫でありコーチでもある谷口拓也のサポートも大きかった。中東での指導を終えて帰国した夫のスイング指導を受け、プレーの精度は格段に向上した 。

肉体的な「ママの強さ」と、母となったことで得た精神的な強さ。そして、家族という最強のサポートチーム。これらすべてが融合し、一ノ瀬優希というゴルファーを、以前よりもさらに強く、しなやかな存在へと昇華させた。この優勝は、彼女の人生そのものがもたらした、必然の結果だったのである。

フェアウェイからの声と挑戦者たちの物語

<Photo:JLPGA>

一人のチャンピオンが輝く陰には、数多くの挑戦者たちのドラマがある。今大会で優勝を争った選手たちの言葉は、プロフェッショナルの世界の厳しさと、そこにかける情熱を映し出していた。

2位:福田 萌維(-9)

優勝にあと一歩届かなかった福田は、悔しさと充実感が入り混じった表情で語った。「本気で優勝を狙ってプレーをしたのはきょうが初めてです」。極度の緊張感を経験しながらも、この戦いが大きな財産になったことを強調した。この成績により、目標としていた「ソニー日本女子プロゴルフ選手権大会」への出場権を獲得できたことを心から喜んでおり、次なるステージへの確かな一歩を記した 。彼女の戦いは、 mentalな壁を乗り越える「ブレークスルー」の物語だった。

3位タイ:高木 萌衣(-8)

高木の戦いは、まさに不屈の精神の証明だった。手首の故障で1ヶ月間クラブを握れず、今大会も痛みと不安を抱えながらのプレーだった。毎日アイシングをしながら3日間を戦い抜き、「今はゴルフができることに感謝しています」と語った。スコア以上に、完走できたこと自体が彼女にとっての勝利であった 。彼女の物語は、怪我と戦い続ける「サバイバー」の姿そのものだ。

3位タイ:山下 心暖(-8)

最終組で一ノ瀬のプレーを間近で見た山下は、大きな刺激を受けていた。「3日間安定してアンダーパーで回れたのは自信になりました」と自身の成長に手応えを感じつつ、勝者のプレーに脱帽した。「(一ノ瀬さんのプレーは)ショットも曲がらず、ピンチもなく、本当にすごかったです」。最高の師から直接学びを得た彼女の姿は、まさに王者の背中を追う「弟子」であった 。

これらの声は、ステップ・アップ・ツアーという舞台が持つ多様な価値を示している。優勝という唯一の栄光を目指す中で、選手たちはそれぞれの目標と向き合い、それぞれの形で成長を遂げている。

記憶に残るトーナメント

2025年のあおもりレディスオープンゴルフトーナメントは、単なる一試合としてではなく、ゴルフ界に鮮烈な記憶を刻む大会となった。一ノ瀬優希が打ち立てたトーナメントレコードと、母としての復活優勝というストーリーは、多くの人々に感動と勇気を与えた 。それは、女性アスリートのキャリアの可能性を広げる、象徴的な出来事であった。

同時に、この大会は次世代の台頭も印象付けた。福田萌維、山下心暖、そして初日を沸かせた平塚新夢といった若手選手たちが、トップレベルの戦いを経験し、未来への糧とした 。

また、大会初日には地元の青森市立荒川小学校の5年生33人を招待した「Hello,Golf! 社会科見学プログラム」が実施されるなど、地域に根ざしたゴルフ振興への貢献も見逃せない 。

ベテランが輝きを取り戻し、若手が未来への扉を開く。そして、ゴルフというスポーツが地域社会と繋がる。あおもりレディスオープンは、ステップ・アップ・ツアーが持つ本来の意義と魅力を完璧な形で体現し、2025年シーズンを代表する大会として語り継がれていくだろう。

大会主要データと最終成績

2025年 あおもりレディスオープンゴルフトーナメント 大会概要

項目 詳細
大会名称 JLPGAステップ・アップ・ツアー あおもりレディスオープンゴルフトーナメント 7
開催日程 2025年7月17日~7月19日 1
開催コース 青森カントリー倶楽部(青森県) 7
コース設定 6,597ヤード, パー73 (36, 37) 1
賞金総額 20,000,000円 7
優勝賞金 3,600,000円 7
出場人数 108人 1
決勝進出 52人(通算1オーバーまで) 1
優勝者 一ノ瀬 優希 1
優勝スコア -13 (206) ※大会レコード 2

2025年 あおもりレディスオープンゴルフトーナメント 最終リーダーボード(上位)

順位 選手名 通算 合計 R1 R2 R3 獲得賞金 (円)
1 一ノ瀬 優希 -13 206 69 71 66 3,600,000
2 福田 萌維 -9 210 70 69 71 1,760,000
3T 高木 萌衣 -8 211 71 70 70 1,100,000
3T 山下 心暖 -8 211 70 69 72 1,100,000
3T 黄 アルム -8 211 70 70 71 1,100,000
3T 常 文恵 -8 211 68 70 73 1,100,000
7 六車 日那乃 -7 212 70 71 71 700,000
8T 山本 景子 -6 213 71 70 72 500,000
8T 小俣 柚葉 -6 213 72 70 71 500,000
8T 石井 理緒 -6 213 68 70 75 500,000
11T 大林 奈央 -5 214 69 70 75 360,000
11T P.サイパン -5 214 70 68 76 360,000
19T 平塚 新夢 -3 216 67 75 74 199,200
24T 東 浩子 -2 217 75 71 71 176,000
52 成田 美寿々 +6 225 78 69 78 80,000

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