群馬県富岡市の富岡倶楽部を舞台に開催された2025年度「JLPGAティーチングプロ競技会」は、単なる一つのトーナメントではなかった 。
それは、指導者としての「ティーチングプロ」と、競技者としての「ツアープロ」という、二つの異なる、しかし深く結びついたプロフェッショナルとしてのアイデンティティを巡る、極めて重要な意味を持つ戦いの場であった。
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群馬で繰り広げられた二重の価値を巡る戦い

この競技会は、JLPGAティーチングプロフェッショナル会員にとって、女子プロゴルフの最高峰であるJLPGAツアーへの出場権をかけた予選会「クォリファイングトーナメント(QT)」への扉を開く、ほぼ唯一の道筋である 。
JLPGAティーチングプロフェッショナルとは、ゴルフの健全な発展と普及を目的とし、厳格な実技、筆記、面接審査を経て認定される指導の専門家である 。
彼女たちはゴルフ技術やルール、マナーの指導に長け、ジュニアからシニアまで幅広い層のゴルファー育成に貢献している 。しかし、その胸の内には、ツアーという華やかな舞台で戦いたいという競技者としての熱い情熱を秘めている者も少なくない。
この競技会が持つ特異性は、その報酬にある。一般的なトーナメントのように順位に応じた賞金が与えられるわけではない。
ここで得られる唯一の報酬は、「QTファーストステージへの出場資格」という、次なる挑戦への権利のみである 。通算2オーバー、15位タイまでに入らなければ、その年のツアーへの道は事実上閉ざされる 。
この「オール・オア・ナッシング」の状況は、選手たちに計り知れない心理的プレッシャーをかける。優勝を目指すのではなく、ただひたすらに「生き残る」ことだけが求められる。
この極限のプレッシャーは、まさにQT本番で待ち受ける過酷なサバイバルレースを疑似体験させるものだ。したがって、この舞台で、特に最終日に自らのベストパフォーマンスを発揮できた選手は、QTを勝ち抜くために不可欠な精神的な強さをすでに証明していると言えるだろう。
富岡倶楽部での3日間は、18人の選手にとって、夢への挑戦権を掴むための試練の場となったのである。
最終成績:激戦を勝ち抜いた18名の精鋭たち
3日間54ホールにわたるストロークプレーの結果、QTファーストステージへの出場権が与えられる通算2オーバー、15位タイのラインをクリアしたのは、最終的に18名の選手たちだった 。
トップ通過を果たした森本天から、カットライン上で粘りを見せた選手まで、それぞれの思いを胸に次なるステージへの切符を手にした。
以下が、その激戦を勝ち抜いた18名全員の最終成績である。
順位 | 氏名 | TOTAL | 1R | 2R | 3R |
---|---|---|---|---|---|
1 | 森本 天 | -10 | 70 | 68 | 68 |
2 | 山邊 里奈 | -4 | 70 | 71 | 71 |
3 | 荒木 美友 | -4 | 72 | 66 | 74 |
4 | 原田 瑠璃南 | -3 | 70 | 70 | 73 |
5 | 莇 菜都美 | -3 | 67 | 72 | 74 |
6 | 小林 芽以 | -2 | 70 | 77 | 67 |
7 | 鬼塚 貴理 | -2 | 71 | 72 | 71 |
8 | 中村 佳音 | -2 | 70 | 70 | 74 |
9 | 乗富 結 | -1 | 75 | 71 | 69 |
10 | 柴田 香奈 | -1 | 73 | 71 | 71 |
11 | 境原 茉紀 | -1 | 71 | 70 | 74 |
12 | 後藤 恵 | 0 | 73 | 72 | 71 |
13 | 寺田 千帆里 | 0 | 72 | 71 | 73 |
14 | 佐藤 耀穗 | +1 | 67 | 74 | 76 |
15 | 杉田 瑞樹 | +2 | 73 | 74 | 71 |
16 | 佐藤 杏莉 | +2 | 73 | 73 | 72 |
17 | 伊藤 栞奈 | +2 | 74 | 70 | 74 |
18 | 原口 瑠 | +2 | 72 | 70 | 76 |
■■■■■■■■ 以上、QTファーストステージ進出 ■■■■■■■■ | |||||
19 | 木下 智穂 | +3 | 74 | 73 | 72 |
20 | 瀬賀 百花 | +4 | 77 | 71 | 72 |
21 | 今 綾奈 | +4 | 74 | 74 | 72 |
22 | 松森 杏佳 | +4 | 73 | 74 | 73 |
23 | 淺井 美希 | +4 | 75 | 69 | 76 |
24 | 吉田 莉生 | +4 | 74 | 70 | 76 |
25 | 中野 なゆ | +5 | 73 | 74 | 74 |
26 | 横井 友香 | +6 | 75 | 74 | 73 |
27 | 中尾 優月 | +6 | 74 | 73 | 75 |
28 | 村田 結 | +7 | 77 | 74 | 72 |
29 | 飯田 真梨 | +7 | 73 | 76 | 74 |
30 | 矢口 愛理 | +7 | 75 | 70 | 78 |
31 | 石山 鼓都 | +7 | 75 | 70 | 78 |
32 | 保坂 萌々 | +8 | 73 | 78 | 73 |
33 | 島田 朋美 | +8 | 71 | 80 | 73 |
34 | 新田 紗弓 | +8 | 75 | 75 | 74 |
35 | 森満 絢香 | +8 | 74 | 76 | 74 |
36 | 木村 綾杏 | +8 | 72 | 73 | 79 |
37 | 武内 亜祐美 | +9 | 75 | 75 | 75 |
38 | 前田 衣里奈 | +9 | 72 | 78 | 75 |
39 | 山本 真生 | +10 | 76 | 77 | 73 |
40 | 八木 涼風 | +10 | 71 | 80 | 75 |
41 | 新藤 励 | +11 | 74 | 81 | 72 |
42 | 大久保 咲季 | +11 | 80 | 74 | 73 |
43 | 田村 祐里 | +11 | 77 | 76 | 74 |
44 | 井上 莉花 | +11 | 77 | 74 | 76 |
45 | 安山 茜 | +11 | 73 | 76 | 78 |
46 | 岩﨑 美波 | +12 | 78 | 76 | 74 |
47 | 大宮 理瑚 | +12 | 78 | 74 | 76 |
48 | 髙橋 ありさ | +12 | 72 | 78 | 78 |
49 | 西村 涼花 | +12 | 70 | 74 | 84 |
50 | 西岡 利佳子 | +13 | 80 | 75 | 74 |
51 | 中尾 春陽 | +13 | 78 | 74 | 77 |
52 | 長谷山 愛 | +14 | 78 | 78 | 74 |
53 | 西村 美希 | +14 | 79 | 75 | 76 |
54 | 樋口 莉沙 | +14 | 75 | 79 | 76 |
55 | 荻野 晴海 | +15 | 77 | 78 | 76 |
56 | 嶋貫 友紀 | +15 | 72 | 80 | 79 |
57 | 和田 優歩 | +17 | 77 | 80 | 76 |
58 | 荒武 飛名 | +17 | 75 | 78 | 80 |
59 | 浅野 愛莉 | +18 | 79 | 79 | 76 |
60 | 宮城 夕夏乃 | +18 | 76 | 82 | 76 |
61 | 内山 愛梨 | +18 | 77 | 80 | 77 |
62 | 近藤 あみ | +18 | 80 | 74 | 80 |
63 | 遠藤 璃乃 | +18 | 80 | 74 | 80 |
64 | 吉竹 千絢 | +22 | 81 | 80 | 77 |
65 | 中島 世衣良 | +22 | 76 | 81 | 81 |
66 | 永久保 恵美 | +23 | 76 | 81 | 82 |
67 | 小林 星佳 | +24 | 81 | 74 | 85 |
68 | 澤田 柚葉 | +24 | 72 | 76 | 92 |
69 | 岸 紗也香 | +26 | 81 | 80 | 81 |
70 | 権 貞琳 | +44 | 89 | 85 | 86 |
71(棄権) | 宮田 志乃 | +17 | 81 | 80 | |
72(棄権) | 折茂 ひまわり | +20 | 87 | 77 |
三者三様の道、そして一つの目標:トップ通過者たちの肖像

今大会でQTへの切符を掴んだ選手たちの背景は多様性に富んでいる。中でも、トップ3でフィニッシュした森本天、山邊里奈、荒木美友の3名は、それぞれが異なるキャリアパスを歩んできた象徴的な存在だ。
先駆者:森本天の圧倒的な飛翔
通算10アンダー、2位に6打差をつける圧巻のゴルフでトップ通過を果たした森本天 。最終日も5バーディー、1ボギーの「68」とスコアを伸ばし、その実力と精神的な強さを見せつけた 。
2002年生まれの23歳、千葉県立幕張総合高等学校を卒業し、8歳からゴルフを始めた彼女は、ジュニア時代から関東女子ゴルフ選手権や日本ジュニアなどで頭角を現してきたエリートである 。
彼女の近年の成長を語る上で欠かせないのが、プロテスト合格を目指す選手たちのためのツアー「マイナビネクストヒロインゴルフツアー」での経験だ 。
2024年には同ツアーで初優勝を飾り、年間最多となる7度のトップ10入りを果たすなど、年間ポイントランキング2位に入る活躍を見せた 。この一連の成功は、単なる実績以上の意味を持つ。
JLPGAの公式ツアーではないものの、年間を通じて繰り広げられる真剣勝負の場で、彼女は着実に実戦感覚と勝負強さを磨き上げてきた。そこで得た自信と経験が、今回のティーチングプロ競技会というプレッシャーのかかる舞台で、他を寄せ付けない圧倒的なパフォーマンスへと昇華されたのである。
森本の活躍は、マイナビネクストヒロインツアーが、単なるマイナーイベントではなく、JLPGAツアーへの有力な人材を輩出する、極めて重要な育成の場として機能していることを明確に証明している。
文武両道のアスリート:山邊里奈の挑戦
通算4アンダーの2位タイでフィニッシュした山邊里奈は、現代的なアスリート像を体現する存在だ 。
2001年生まれの彼女は、法政大学に在学する現役大学生でありながら、JLPGAティーチングプロの資格を取得し、さらにツアープロを目指すという「三足の草鞋」を履きこなす稀有なキャリアを歩んでいる 。
大阪府出身の彼女は、小学生時代から全国レベルの大会で活躍し、関西女子アマチュアや大阪府高等学校ゴルフ選手権で優勝するなど、輝かしいアマチュア実績を持つ 。
学業とゴルフという二つの高いレベルが要求される分野を両立させてきたその歩みは、彼女が持つ並外れた自己管理能力と知性、そして目標達成への強い意志を物語っている。
プロゴルフという、肉体的技術だけでなく、精神的な駆け引きや戦略的思考が極めて重要となる世界において、彼女が学業を通じて培ったであろう規律や分析能力は、大きなアドバンテージとなる可能性を秘めている。
不屈のベテラン:荒木美友の計算された復活劇
山邊と同じく2位タイに入った荒木美友の物語は、不屈の精神と戦略的なキャリアプランニングの結晶である 。
2日目にこの日のベストスコアとなる「66」を叩き出し、一気に優勝争いに加わった実力は健在だ 。1990年生まれの彼女は、9歳からゴルフを始め、ジュニア時代から数々のタイトルを獲得 。
大学卒業後は単年登録選手としてステップ・アップ・ツアーに参戦し、2014年には2位タイに入るなど、レギュラーツアーまであと一歩のところまで迫った経験を持つ 。
しかし、2019年のJLPGAの制度変更により、JLPGA会員でなければQTに出場できなくなり、彼女のような多くの実力ある非会員選手のツアーへの道は一度閉ざされた 。
絶望的な状況の中、彼女は諦めなかった。指導者としての道を歩むという選択肢だけでなく、ティーチングプロフェッショナル会員になることで、再びQTへの道が開かれるという規則の「抜け道」を見出したのである。
それは、3年間にわたる講習と厳しい審査を乗り越えるという、長く険しい道のりだった。彼女にとってティーチングライセンスの取得は、単に指導者になるためではなく、競技者としてのキャリアを復活させるための、極めて戦略的な投資だったのである 。
この数年間、彼女はツアー外の試合に出場し続け、2022年には「サンケイスポーツ シニア&レディス選手権」で優勝するなど、試合勘を養い続けた 。荒木の今回のQT出場権獲得は、制度の壁に屈することなく、自らの力で道を切り拓いた、執念と戦略の勝利と言えるだろう。
新たな挑戦者たち:注目すべきその他の有望選手
トップ3以外にも、QTでの活躍が期待される選手たちが名を連ねた。
特に注目すべきは、6位タイに入った小林芽以である 。彼女は2日目を終えて20位タイとカットライン上にいたが、最終日にこの日のトップ18選手中ベストスコアとなる「67」をマークし、一気に順位を上げた 。
QTのような極限のプレッシャー下では、最終日にスコアを伸ばせる「クラッチパフォーマンス」が何よりも重要となる。彼女が最終日に見せた爆発力は、QTを勝ち抜く上で大きな武器となるだろう。
また、通算3アンダーの4位タイでフィニッシュした原田瑠璃南と莇菜都美は、3日間を通じて安定したプレーを披露した 。派手さはないかもしれないが、大崩れしないゴルフは、4日間の長丁場となるQTでは非常に重要である。
そして、最終的に通算2オーバーのカットライン上で出場権を掴んだ杉田瑞樹、佐藤杏莉、伊藤栞奈、原口瑠の4名 。彼女たちが見せた土壇場での粘り強さは、プロの世界で生き残るために不可欠な資質であり、この経験がQTでの戦いにおいて精神的な支えとなるに違いない。
この先に待つ道:クォリファイングトーナメントという名の試練
ティーチングプロ競技会を突破した18名の選手たちだが、それはゴールではなく、さらに過酷な戦いの始まりに過ぎない。彼女たちが次に挑むJLPGAクォリファイングトーナメント(QT)は、まさに「ガントレット(試練の連続)」と呼ぶにふさわしいサバイバルレースである。
QTは2段階のステージで構成される 。まず11月下旬に、全国3地区(例年)に分かれて「ファーストステージ」が開催される 。
ここでの成績上位者のみが、12月上旬に開催される「ファイナルステージ」へと駒を進めることができる 。各ステージは4日間72ホールのストロークプレーで行われ、肉体的にも精神的にも極めて過酷だ 。
その門は非常に狭い。例えば2023年のファーストステージでは、286名の参加者のうち、ファイナルステージに進出できたのはわずか67名、通過率は25%にも満たなかった 。
この熾烈な競争を勝ち抜き、ファイナルステージで上位に入った選手にのみ、翌シーズンのJLPGAツアーおよびステップ・アップ・ツアーへの出場優先順位が与えられる 。この順位が、彼女たちの翌1年間のキャリアを大きく左右することになるのである。
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