2025年ステップ・アップ・ツアー

新星誕生!16歳アマ後藤あい、衝撃の逆転劇でSky レディスABC杯を制す

2025年10月、兵庫県のABCゴルフ倶楽部で開催されたJLPGAステップ・アップ・ツアー「Sky レディスABC杯」。

4日間にわたる熱戦の末、ゴルフ界の歴史に新たな1ページを刻んだのは、地元・兵庫県出身の16歳、現役高校2年生のアマチュア、後藤あい選手でした。

プロの精鋭たちを相手に、最終日の最終盤で見せた圧巻のプレーは、観る者すべての記憶に深く刻まれる伝説の幕開けとなりました。本記事では、この歴史的快挙の詳細と、未来の女王候補の素顔に迫ります。

伝説が生まれた上がり3ホール

後藤あい<Photo:JLPGA>

最終日の朝、後藤選手は通算5アンダーの単独首位でスタートしました 。しかし、優勝へのプレッシャーか、序盤から苦しい展開が続きます。3番パー3でボギーが先行すると、11番ホールまでに4つもスコアを落とし、一時は優勝争いから脱落したかのように見えました 。

試合後のインタビューで「前半はショットも悪くてすごく苦しくて、後半も不安だった」と語ったように、彼女の心は不安に揺れていました 。

しかし、本当のドラマはここからでした。勝負のサンデーバックナイン、多くの選手が重圧に沈む中、16歳の少女は驚異的な精神力で自らを奮い立たせます。

ターニングポイント:16番ホール(パー3)

後退を続けた後藤選手が、ついに反撃の狼煙を上げたのがこのホールでした。ここでこの日初めてのバーディを奪取 。

それは単なる1打の挽回ではなく、消えかけていた希望の光を再び灯す、大きな意味を持つ一打でした。このバーディが、彼女の心に巣食っていた不安を、勝利への確信へと変えるきっかけとなったのです。

17番ホールの神業の一打

続く17番、後藤選手の集中力は極限まで高まります。2打目をピンそばわずか20cmにつけるスーパーショットを披露 。誰もが息をのむ精度で楽々とバーディを奪い、首位に猛然と迫ります。

プレッシャーがかかる場面でのこの冷静沈着なプレーは、彼女がただのパワーヒッターではなく、卓越した技術と精神力を兼ね備えた真の勝負師であることを証明していました。

そして迎えた最終18番。グリーン手前に池が広がる、ABCゴルフ倶楽部を象徴する名物ホールです 。先に通算3アンダーでホールアウトしていた高野あかり選手がクラブハウスリーダーとなり、後藤選手にはバーディが絶対条件という痺れる場面 。

多くのプロが刻むか、リスクを冒して2オンを狙うかで頭を悩ませるこのホールで、後藤選手は規格外の才能を見せつけます。彼女はいとも簡単に2オンに成功すると、落ち着いて2パットでバーディを奪取 。土壇場での3連続バーディという離れ業で劇的な再逆転を果たし、通算4アンダーで栄冠を手にしました 。

試合直後、彼女は「まさか優勝できるとは思っていなかったので、とてもうれしいです。最後に3連続が来てホッとしています」と、信じられないといった表情で喜びを語りました 。

この勝利は、彼女の類まれな才能だけでなく、逆境でこそ輝きを増すチャンピオンのメンタリティによってもたらされたものでした。10代のアマチュアがプロの試合の最終盤で見せたこの精神的な強さは、彼女の将来の成功を予感させるのに十分すぎるものでした。

ステップ・アップ・ツアーの新女王後藤あいとは何者か?

この勝利により、後藤あい選手はJLPGAステップ・アップ・ツアー史上7人目となるアマチュア優勝を達成しました 。16歳321日での優勝は、歴代3番目の若さという記録的な快挙です 。彼女のプレーは、多くのゴルフファンと関係者に鮮烈な印象を残しました。

規格外のパワーという名の最終兵器

後藤選手の最大の武器は、その圧倒的な飛距離です。彼女は今大会に先立ち、レギュラーツアー「住友生命レディス東海クラシック」で開催されたドライビングコンテストで277.8ヤードを記録し、史上初のアマチュア女王に輝いています 。

そのパワーの源泉について、彼女は「小さい時から、軽くて柔らかいシャフトで思い切りクラブを振ってきた。今も同じです」と語ります 。

その飛距離が伝説となったのが、まさに優勝を決めた最終18番のセカンドショットでした。ほとんどのプロがフェアウェイウッドやユーティリティーを手にする場面で、彼女が握ったのはなんとショートアイアン 。

これには解説席のプロたちも「え? え? えーっ!?」と悲鳴に近い驚きの声を上げたといいます 。彼女のパワーは、もはや観客を魅了するショーではなく、コースの戦略概念そのものを覆すほどの戦略的アドバンテージなのです。

他の選手にとって3打で攻略するパー5が、彼女にとっては容易なイーグルチャンスとなり、スコアメイクにおいて計り知れない優位性を生み出しています。

レジェンドからの最大級の賛辞

彼女の才能には、日本のゴルフ界のレジェンドも賛辞を惜しみません。中継の解説を務めた岡本綾子プロは、彼女のプレーに魅了され、「3連続バーディはすごい。将来を待望される選手です。なかなかすごいアマチュアが現れました」と絶賛 。

さらに放送中には「私の若い頃を思い出します」と、冗談交じりながらも最大級の評価を与えました 。これは、次代を担う特別な才能の出現を、レジェンドが認めた瞬間でもありました。

選手名 優勝年齢 優勝大会 年度
高橋 恵 13歳354日 ANA PRINCESS CUP 2010
堀 琴音 18歳122日 ABCレディース 2014
新垣 比菜 16歳115日 ラシンクニンジニア/RKBレディース 2015
吉本 ひかる 17歳114日 ルートインカップ 上田丸子グランヴィリオレディース 2016
平塚 新夢 17歳128日 静ヒルズレディース 2017
都 玲華 20歳69日 大王海運レディース 2024
後藤 あい 16歳321日 Sky レディスABC杯 2025
JLPGAステップ・アップ・ツアー アマチュア優勝者一覧

ABCゴルフ倶楽部での4日間の激闘

東浩子<Photo:JLPGA>

今大会は、最終日の劇的な結末に至るまで、日々リーダーボードが激しく変動する見応えのある展開となりました。

  • 初日(10月7日): 大会初日、主役となったのは29歳の高野あかり選手でした。圧巻の「65」をマークし、7アンダーで単独首位発進 。最近の不振から抜け出すため「今週は楽しんでいきたい」と語った通りの躍動を見せました 。一方、後藤選手は44位タイと静かなスタートを切りました 。
  • 2日目(10月8日): ベテランの東浩子選手が首位に浮上するなど、実力者たちが上位を賑わせ、トーナメントは混戦模様を呈します 。
  • 3日目(10月9日): 強風が吹き荒れるタフなコンディションの中、後藤選手がその才能を開花させます。持ち前のパワーを活かし、「ドライバーなら(風は)関係ない」と語る強心臓ぶりでリーダーボードを駆け上がり、ついに単独首位に立ちました 。最終日のドラマへの完璧な舞台設定が整ったのです。
  • 最終日(10月10日): そして迎えた最終日。後藤選手は一時の後退を乗り越え、前述の通り上がり3ホールでの奇跡的な3連続バーディを奪取。通算4アンダー、合計284ストロークで、プロもアマチュアも関係ない、真のチャンピオンの座に輝きました 。
順位 選手名 通算スコア パー
1 @後藤 あい 284 -4
2 高野 あかり 285 -3
T3 武尾 咲希 286 -2
T3 石田 可南子 286 -2
T5 仲宗根 澄香 287 -1
T5 東 浩子 287 -1
T5 皆吉 愛寿香 287 -1
T5 平岡 瑠依 287 -1
T5 エイミー・コガ 287 -1
T5 六車 日那乃 287 -1
T11 荒木 七海 288 E
T11 保坂 真由 288 E
T11 前田 陽子 288 E
T11 工藤 優海 288 E
T11 西澤 歩未 288 E
T16 小俣 柚葉 289 +1
T16 林 菜乃子 289 +1
T16 黄アルム 289 +1
T16 水木 春花 289 +1
T16 宮澤 美咲 289 +1
最終結果(トップ20)

第4章 敗者の涙と希望:プロたちの戦い

後藤選手の輝かしい勝利の裏で、多くのプロ選手たちがそれぞれの思いを胸に4日間を戦い抜きました。

2位 高野あかりの悲喜こもごも

高野あかり<Photo:Yuichi Masuda/Getty Images>

優勝にあと一歩まで迫ったのが、2位の高野あかり選手です。最終日、猛チャージを見せて「68」をマークし、一時は後藤選手を逆転 。

しかし、最後の最後で女神は微笑みませんでした。試合後、「一個のボギーは、いま思うとすごく悔しいですけど、それ以外は自分の中ではやり切った」と語った表情には、悔しさと充実感が入り混じっていました 。

しかし、彼女には大きな「ご褒美」がありました。後藤選手がアマチュアのため、優勝賞金720万円は規定により2位の高野選手が手にすることになったのです 。

スポーツの結果と金銭的な結果が逆転するこの皮肉な結末は、プロゴルフの世界の厳しさと面白さ、そしてプロとアマチュアで異なる「成功」の定義を浮き彫りにしました。

表彰台を掴んだ実力者たち

3位タイには、武尾咲希選手と石田可南子選手が入りました 。特に武尾選手は、強風の中でもフェアウェイキープ率とパーオン率でフィールド1位を記録するなど、精度の高いショットで上位争いを演じました 。

また、5位タイには仲宗根澄香選手やルーキーの六車日那乃選手など6人が並び、後藤選手が打ち破ったフィールドのレベルの高さを示しています 5

学生と天才アスリートの驚くべき両立生活

後藤選手の驚くべき点は、ゴルフの才能だけではありません。彼女の日常生活は、多くのエリートジュニア選手とは一線を画します。

彼女が通うのは、ゴルフに特化した通信制高校ではなく、神戸市内の全日制普通科高校(松蔭高校)です 。

本分はあくまで学業。今大会の翌週には、なんと学校の中間テストが控えていました 。優勝した翌日の土曜日、彼女が向かったのは祝賀会ではなく学校でした。

先生にお願いして教室を開けてもらい、溜まっていたプリントを受け取りに行ったといいます 。校長先生からは祝福と共に「勉強も頑張ってね」と声をかけられたそうです 。

平日の練習時間はわずか1時間 。シンガポールへの修学旅行もゴルフの試合のためにキャンセルしました 。

この限られた時間の中でプロを凌駕する結果を出す彼女の姿は、早期専門教育が主流となりつつあるジュニア育成モデルに一石を投じるものです。

「かなり大変だけど、自分で決めたことなので大丈夫です」と語る彼女の言葉からは、強靭な意志が感じられます 。学業との両立が、逆に彼女の精神的な成熟を促し、コース上での驚異的な冷静さにつながっているのかもしれません。

完璧な舞台であるABCゴルフ倶楽部の挑戦

今回のドラマの舞台となったABCゴルフ倶楽部は、数々のトーナメントの歴史を誇る名門コースです 。丘陵コースでありながら高低差は少なく、フェアな設計ですが、巧みに配置された90のバンカーと12の池が戦略性を高めています 。

特に「美しく戦略的」と評される上がり3ホールは、まさにこのトーナメントのためにデザインされたかのような舞台装置となりました 。

16番、17番、そして池が絡む18番パー5。コース設計者が選手に突きつけたリスクとリターンの問いに対し、後藤選手は「パワー」というあまりにも明快な答えで応えました。コースが仕掛けた戦略的な罠は、彼女の規格外の才能の前では、その才能を最大限に輝かせるためのスポットライトへと変わったのです。

後藤あいのこの勝利が意味するもの

後藤あいの勝利は、単なる1勝以上の意味を持ちます。彼女の名前は、新垣比菜や堀琴音といった、アマチュア優勝を経てスターダムにのし上がった先輩たちの系譜に連なることになりました。

彼女はすでに次を見据えています。優勝の余韻に浸る間もなく、翌週の「ECCレディス」に、中間テストと両立しながら出場しました 。その視線の先にあるのは、より大きな舞台です。優勝後のインタビューで、彼女は「夢は海外で活躍すること」と明言しました 。

2025年のSky レディスABC杯は、ゴルフ史において、一人の「すごいアマチュア」が世界へ羽ばたくための序章として、長く語り継がれていくに違いありません。日本の、そして世界のゴルフ界が、この恐るべき16歳の次なる一歩を固唾をのんで見守っています。