JLPGAプロテスト

2025年JLPGA最終プロテスト、瀬戸内の静寂

11月4日、日本の女子ゴルフ界で最も過酷な4日間が、その幕を開けた。舞台は岡山県笠岡市、JFE瀬戸内海ゴルフ倶楽部。6,464ヤード、パー72 に設定されたこのコースは、技術的な精度の高さと、瀬戸内海特有の風を読み切る戦略眼の両方を要求する。

しかし、ここはトーナメント会場ではない。ここは「選別」の場である。ルールは、これ以上ないほどシンプルかつ残酷だ。「4日間、72ホールストロークプレーで行われ、スコア上位20位タイまでが合格する」。

これは単なる順位争いではない。100人近い受験者のうち、約8割の夢が破れ、わずか20枠の「プロゴルファー」という人生の切符だけが残される。この最終プロテストは、彼女たちの人生そのものを賭けた、72ホールのサバイバルゲームに他ならない。

初日のコンディションが意味するもの

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この地獄の初日、選手たちを迎えたのは、意外なほどの「静寂」だった。気象データによれば、11月4日の天候は「快晴」から始まり、午後には「曇」へと移行。気温は最高18℃、最低7℃と、アスリートにとっては最高のコンディションに恵まれた。

だが、JFE瀬戸内海の「牙」を隠したのは、気温以上に「風」だった。データが示す風速は、午前9時の北東の風1.3 m/sから、正午の東南東2.9 m/sまで、終日を通して3 m/sをわずかに超える程度。このコースが本領を発揮するはずの海風は、この日、鳴りを潜めた。

この穏やかなコンディションは、選手たちにとって「プレーしやすい日」であると同時に、「スコアを出さなければならない日」であったことを意味する。

風が牙を剥くかもしれない残り3日間を考えれば、この「スコアの窓」が開かれた初日に出遅れることは、絶望的なビハインドを負うことに等しい。外的なプレッシャー(天候)が消えた代わりに、選手たちの内面的なプレッシャー(伸ばさなければならない焦り)が、瀬戸内の静かな空気の中で最大化されていた。

二つの「-6」首位タイ、対照的なる心理状態

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この静かな戦場で、2つの轟音が鳴り響いた。リーダーボードの頂点に立ったのは、6アンダーをマークした伊藤愛華とジ・ユアイ(中国)の2人だった。しかし、その「-6」というスコアが持つ背景は、驚くほど対照的だった。

伊藤愛華が掴んだ逆転の-6

伊藤愛華の「-6」は、内面的な葛藤を乗り越えた証だった。彼女は「前半でボギーが先行して、少し気持ち的に焦ってしまった」と告白している。これは、プロテスト初日の重圧に飲み込まれる典型的なパターンだ。だが、彼女はそこから崩れなかった。

「何とか自分でコントロールして、後半のチャンスを決めることができました」。この「コントロール」こそが、彼女の非凡さを示している。伊藤は「前日に、あすから始まると思ったら、やるしかないなって覚悟しました」と語る。彼女は、漠然とした「緊張」を、戦うための「覚悟」へと昇華させたのだ。

さらに注目すべきは、彼女のスコア認識だ。伊藤は「(過去の)プロテスト結果をみたら、4日間で5アンダーぐらいは出さないと合格はできないと思った」と、冷静な事前分析を行っていた。しかし、彼女は「初日に6アンダーを出せるとは想像していなかった」。この事実は、伊藤自身が、今年の合格ラインが過去の想定を遥かに超えるハイレベルな戦いになることを痛感した瞬間であり、残り54ホールを戦う上での「基準点」が劇的に引き上げられたことを示している。

伊藤愛華インスタグラム

ジ・ユアイが生んだ驚異の-6

もう一人の首位、中国のジ・ユアイのストーリーは、伊藤のそれとは全く異なる。彼女が日本のプロテストを受験したのは、大学時代に日本に住んでいた母からの「JLPGAツアーにチャレンジして欲しい」という勧めがあったからだという。

彼女のプレーは「無心」の強さそのものだった。「きょうはパッティングが良かったです」と淡々と語る彼女は、「トップとは全く知らなかったです」と明かした。さらに衝撃的なのは、次の言葉だ。「後半ホールは、練習ラウンドで回っていなかったので必死でプレーしました」。

練習ラウンドなしのぶっつけ本番でスコアをまとめ、首位に立ったという事実は、彼女の天賦の才と勝負強さを物語っている。伊藤の「コントロールされた-6」に対し、ジ・ユアイのそれは「無心と必死さが生んだ-6」だった。

この対比こそが、2日目以降の最大の焦点となる。伊藤は、この極限の「覚悟」をあと54ホール維持できるのか。そしてジ・ユアイは、自分が「追われる立場」だと知った明日、同じゴルフができるのか。初日のリーダーボードは、この魅力的な心理的対決のゴングを鳴らした。

アマチュアの躍進と有力株の証明

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もちろん、レースは2人だけではない。1打差の5アンダー、3位に松原柊亜。そして2打差の4アンダー、4位タイに横山翔亜がつけ、強力な追走集団を形成している。

松原柊亜インスタグラム

横山翔亜インスタグラム

特に注目すべきは横山翔亜だ。彼女は「プロテスト第1次予選<A地区>」を通過した選手であり、予選の段階から注目を集めていた有力株の一人である。

その彼女が、最終テストの初日で期待通りの上位発進(T4)を見せたことは、彼女の技術とメンタルが本物であることの一次証明となった。首位と2打差、プレッシャーを管理しやすい「追う」立場として、絶好のポジションにつけた。

「20位タイ」を巡る静かなる恐慌

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視点を、華やかなリーダー争いから、読者が最も固唾をのむ「合格ライン(20位タイ)」周辺の混沌に移そう。

リーダーボードのスコアは、-3をマークした中嶋月葉(6位)から下で、急速に密集し始める。衝撃的なのは、イーブンパー(0)の選手の順位だ。倉林紅、境原茉紀、田村萌来美といったイーブンパーの選手群は、31位タイ(T31)に位置している。

これは、この日の戦いの本質をえぐる事実である。初日、風もない理想的なコンディション の中で「パープレー」で回った選手が、すでに合格圏内(20位タイ)から10スポット以上も外側に弾き出されているのだ。

初日の結論は明確だ。この日のJFE瀬戸内海は「守る」コースではなく、「攻めて伸ばす」コースだった。パープレー(T31)は「耐えた」のではなく「失敗」だった。

+2(T53、藤川玲奈、伊藤美輝など)や+3(T73、島田紗、乗富結など)の選手たちは、わずか18ホールを終えた時点で、すでに「崖っぷち」に立たされている。

 初日終了時点:合格ライン周辺の密度

この過密な戦場の様子を、スコア別のゾーンで分析する。

順位 (タイ) スコア ゾーン分析 該当する主な選手 (出典)
1T -6 首位(QTファイナル争い) 伊藤愛華, ジ・ユアイ 1
3 -5 トップ追走 松原柊亜 3
4T -4 トップ追走 横山翔亜, @藤本愛菜 3
6 -3 トップ10圏内 中嶋月葉 3
(推定20位T) -1 仮想・合格ライン (データなし)
31T 0 ボーダーライン直下(要警戒) 倉林紅, 境原茉紀, 田村萌来美, 安藤百香 3
53T +2 危険水域(赤信号) 藤川玲奈, 伊藤美輝, 谷田侑里香, 青山緑 3
73T +3 絶望的ビハインド 島田紗, 乗富結, 大村みなみ, 安本美咲 3

 

団子状態が意味する「明日の戦略」

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このテーブルが示すイーブンパー(T31)から+3(T73)までの「団子状態」は、2日目の戦略を二極化させる。

  1. ボーダー直下(T31, 0)の選手たち:彼女たちは、明日の早い段階でバーディを先行させ、この過密な集団から抜け出す必要がある。守りのゴルフに入った瞬間、後続の「+2組」によるアグレッシブなプレーに飲み込まれるだろう。
  2. 危険水域(T53, +2)の選手たち:彼女たちに「守る」という選択肢はもはやない。2日目は、ピンをデッドに狙い、イーグルさえも視野に入れる「オール・オア・ナッシング」の攻めが要求される。これがさらなる崩壊(+5, +6)を招くか、あるいは奇跡的なカムバック(-3, -4)を生むか。2日目は、この集団が最も荒れる「ムービングデー」となる。

初日は静かな天候だった 。だが、もし明日、瀬戸内海特有の風が吹き始めれば、JFE瀬戸内海ゴルフ倶楽部は全く違う顔を見せるだろう。

伊藤愛華の「覚悟」は、風に耐えられるか。ジ・ユアイの「無心」は、リーダーボードの重圧を知った時にも維持されるか。そして、イーブンパーの団子状態 から抜け出し、奇跡のカムバックを見せる選手は現れるのか。

第3日、最終日の2日間は、JLPGA公式YouTubeチャンネルでのライブ配信が予定されている 。この初日の分析が、その画面越しに伝わる緊張感を10倍エキサイティングにするための「招待状」となることを願う。

20の席を巡る72ホールのドラマは、まだ18ホールを終えたばかりだ。しかし、その残酷なまでのハイレベルな基準は、すでに示された。

【配信概要】(予定)
日時:2025年11月6日(木)7:50-15:30 (LIVE)
11月7日(金)7:20-15:00 (LIVE)
配信先:JLPGA公式YouTubeチャンネル
中継ホール:1番、7番、9番、16番、18番ホール 合計5ホール