2025年ステップ・アップ・ツアー

2025年「山口周南レディースカップ」下川めぐみ42歳、涙の完全V。

2025年11月15日、周南カントリー倶楽部(山口県、6529ヤード、パー72)は、息を殺したような静寂に包まれていた。JLPGAステップ・アップ・ツアー第21戦「山口周南レディースカップ」の最終日、最終18番ホール。

2位の黄アルム(韓国)に2打差をつけ、単独首位でこのホールを迎えた42歳のベテラン、下川めぐみ。2023年「あおもりレディス」以来、2年ぶりとなるステップアップツアー2勝目、そして初日からの首位を守り抜く「完全優勝」は、もう目前だった。

 1メートルの凱旋 — 最終日18番、執念の劇場

<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>

しかし、ゴルフの神様は最後の試練を与える。勝利を目前にしたフェアウェイからの第2打が、無情にもグリーン左のラフへこぼれ落ちた。観衆が固唾をのむ中、残されたのは難しいアプローチショット。ここで下川は、今季の「苦しいシーズン」のすべてを振り払うかのように、42年のゴルフキャリアで培った「豊富な経験」を一点に集中させる。

彼女が放った第3打は、ピン1メートルに吸い寄せられるように止まった。この執念のウィニングパーセーブこそが、トータル9アンダーでの逃げ切りを手繰り寄せた、ベテランの「技」の結晶だった。

だが、この1打は単なる勝利のパットではない。この記事では、この1打に至るまでの彼女の苦悩と、彼女を追い詰めたライバルたちの情熱、そして今大会で彼女だけが引き寄せた「もう一つの奇跡」を解き明かす。

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 崖っぷちのベテラン、周南に立つ

優勝インタビュー。トロフィーを誇らしげに掲げた下川の目には、涙が浮かんでいた。

「今年は苦しいシーズン。最後まであきらめずに良かった。やり続けて良かった。QTのファーストステージ免除も良かった」。

彼女は、「良かった」という言葉を3度も繰り返し、感情を露わにした。この涙の背景には、42歳のベテランが直面していた過酷な現実がある。

今季、下川はQTランキング17位の資格でJLPGA(レギュラー)ツアーを主戦場としていた。しかし、若手の台頭が著しいトップツアーの壁は厚く、結果が出ず「低迷」。今大会は、ステップアップツアーとしては今季わずか4戦目だった。

「このままではいけない」。彼女は8月から「自身の体制を変更」し、スイング改造という大きな決断を下す。「より良いものにしよう。毎日が試行錯誤」の日々が続いた。

その苦悩を支えたのが、1年前から始めたメンタルトレーニングだった。「ようやく肩から力が抜けた感じがする」と彼女が語るように、スイングの技術的な変化だけでなく、精神的な成熟が彼女のプレーを支え始めていた。

指導者からは「40代の希望の星になれ」と鼓舞され、「ツアーでは、若手が活躍しているけど、年齢のせいにはしたくはない」という強い意志が、彼女を再び戦場へと突き動かした。

彼女のロールモデルは、38歳(当時)になっても世界のトップに君臨する男子プロテニスのノバク・ジョコビッチ選手だ。「10年以上前からファンです。プレーはもちろんだけど、言いたいことをはっきりいう、あのスタイルがとてもいい」。

この勝利は、単なるステップアップツアーの1勝ではない。レギュラーツアーで「低迷」し、キャリアの岐路に立たされたベテランが、自分を信じてスイング改造とメンタルトレーニングに取り組んだことへの「自己肯定」であり、何よりも「QTファーストステージ免除」という実利を手にした「安堵」の涙だった。

彼女は、他者の期待と、世間が押し付ける「年齢」という二重の重圧に対する完璧な回答を、周南の地で示したのである。

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2日目の「運」と最終日の「技」

下川めぐみ<Photo:JLPGA>

なぜ下川は、この熾烈な戦いを勝ち切ることができたのか。彼女は優勝インタビューで、勝敗を分けたポイントとして「18番」を挙げた。だが、それは最終日のあの1メートルのアプローチだけを指すのではない。本当のドラマは、24時間前に始まっていた。

 2日目の「吉兆」と「勝者のツキ」

大会2日目(11月14日)。下川は首位タイからスタートし、6バーディ、2ボギーの「68」をマーク。通算8アンダーとし、2位グループに2打差をつける単独首位に躍り出た。この日、彼女は勝負の流れを決定づける「奇跡」に遭遇していた。

最終18番ホール。

「ティーショットが右へ…。ミスショットです」。

下川がそう振り返るショットは、右のバンカーへと吸い込まれた。万事休すかと思われた。だが、ボールが落ちたバンカーの中央には、「芝の生えた島」があった。

ボールは、「しかも浮いている状態」だったという。

このあり得ないほどの幸運のおかげで、彼女は難しいバンカーショットを強いられることなく、難なくパーセーブに成功した。

この時、彼女は確信したという。

「運がきた。勝つ選手のツキだなぁ、と感じました」。

 最終日の「試練」と「ベテランの技」

そして迎えた最終日(11月15日)。2日目の「運」で得た2打のリードを守り抜き、再び運命の18番ホールへ。

しかし、またも試練が訪れる。第2打をグリーン左のラフに外してしまう 3。

24時間前のような「幸運」は、もうない。残されたのは「難しい第3打」という、むき出しの現実だった。

トーナメントの勝利は、しばしば「運」と「実力」の両方が必要だと語られる。下川のこの2日間の18番は、その完璧な実例となった。もし2日目の18番で「運」がなく、ボギー、あるいはダブルボギーを叩いていれば、彼女は単独首位(-8)ではなく、2位タイ(-6)の清本美波、水木春花グループに吸収されていた可能性が高い。

2日目の「運」は、単なるパーセーブ以上のものをもたらした。それは、最終日に「技」を発揮できるだけの精神的余裕、すなわち「2打差のリード」だった。

下川は、このプレッシャーのかかるアプローチで、自らの「豊富な経験」を証明する。この1年間のメンタルトレーニングで培った冷静さで、完璧なアプローチをピン1メートルにつけてみせた。

ゴルフの神様は、まず彼女に「運」を与えて勝者の資格を試し、次に「技」でそれを証明させた。これこそが、彼女が掴んだ完全優勝の二重構造だった。

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 届かなかった背中 — 追撃者たちの素顔と渇望

勝者の涙の裏には、必ず敗者の渇望がある。特に、来季のJLPGAツアー昇格を懸けたステップアップツアー終盤戦は、単なる優勝争いだけではない、複数のドラマが同時進行していた。

イップスを越えて(清本美波)

清本美波<Photo:JLPGA>

2日目を首位タイでスタートし、下川と共に最終日最終組を回った若手のホープ、清本美波。彼女は、下川とは全く異なる重圧と戦っていた。

「今シーズンはドライバーショットのイップスで悩んできた」。

2日目のインタビューで、彼女は衝撃的な告白をした。プロゴルファーにとってキャリアを終えかねない深刻な症状だ。「6月くらいからよくなってきて、今は楽しくゴルフできていることが嬉しいです」と語る彼女にとって、「初めての最終日最終組」は、優勝争い以上の意味を持つ、長いトンネルからの「回復の証」だった。

「雰囲気に飲まれずやっていけたら。あすも最後まで攻めることを忘れずにやっていきたい」。

彼女が最終日に感じていたプレッシャーは、優勝争いだけでなく、「イップスが再発しないか」という恐怖との戦いでもあったはずだ。

最終日、彼女はスコアを一つ落とし、トータル5アンダーの4位タイでフィニッシュした。しかし、イップスという絶望的な状況から、ベテランと優勝を争う場に「攻める」意志を持って戻ってきた彼女の戦いは、スコア以上の価値を持つ「勝利」と言えるだろう。

賞金女王レースの主役たち(皆吉愛寿香&六車日那乃)

皆吉愛寿香<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>

このツアーの最終目的は、賞金ランキング(明治安田ステップ・ランキング)で2位以内に入り、来季のJLPGAツアーシード権を獲得することだ。今大会は、そのシード権を争う2人の主役も、優勝戦線に絡んでいた。

賞金ランク2位の意地(皆吉愛寿香)

大会前、賞金ランク2位につけていた皆吉 6。初日はイーブンパーの29位タイと大きく出遅れた。しかし、シード権への執念が彼女を覚醒させる。2日目、最終日と着実にスコアを伸ばし、最終的にトータル6アンダーの単独3位でフィニッシュ。優勝こそ逃したが、シード権争いにおいてこれ以上ない価値を持つ順位を確保した。

悲願の初Vを狙うルーキー(六車日那乃)

六車 日那乃<Photo:Yoshimasa Nakano/Getty Images>

大会前ランク5位 5 のルーキー、六車日那乃。今季トップ10が6回、パーセーブ率とリカバリー率で1位 9 と、その実力は折り紙付きだ。前週の明治安田レディスオープンで2位に入り、良い流れで今大会に臨んでいた。今大会もトータル4アンダーの6位タイと健闘し 1、賞金ランクも3位に浮上。だが、「勝つために必要なこと」、すなわち悲願の初優勝には、あと一歩手が届かなかった。

今大会は、「トロフィー」を争う戦い(下川 vs 黄アルム vs 清本)と、「賞金ランク2位以内」を争う戦い(皆吉 vs 六車)という、2つの異なるレースが同時に行われていた。

下川の優勝は、賞金360万円を獲得したが、彼女の賞金ランクは35位。来季シード権には遠い。一方、皆吉は優勝を逃したが、3位(推定賞金180万円)を獲得。これにより賞金ランク2位の座を強固にし、最大の目標である「来季シード権」獲得をほぼ手中に収めた。

周南カントリー倶楽部で、「トロフィー」は下川が手にしたが、「最大の戦略的実利(シード権)」は皆吉が手にした。このコントラストこそが、ステップアップツアー終盤戦の厳しさと面白さである。

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最終結果と「スタートの1勝」— 42歳の野望は、まだ終わらない

3日間にわたる山口県周南市での熱戦は、42歳の下川めぐみが初日からの首位を守り抜く「完全優勝」で幕を閉じた。2位にはトータル7アンダーで、レギュラーツアー5勝の実力者、黄アルム。3位に賞金ランク2位の座を死守した皆吉愛寿香。昨年覇者の高橋しずくはトータル1アンダーの15位タイだった。

2025 山口周南レディースカップ 最終結果(トップ10)

順位 選手名 最終スコア (通算) 獲得賞金
1 下川 めぐみ -9 ¥3,600,000
2 黄 アルム -7 ¥1,760,000
3 皆吉 愛寿香 -6 ¥1,360,000
4T 清本 美波 -5 ¥990,000
4T 西澤 歩未 -5 ¥990,000
6T 仲宗根 澄香 -4 ¥610,000
6T 六車 日那乃 -4 ¥610,000
6T 加藤 麗奈 -4 ¥610,000
9T 水木 春花 -3 ¥412,000
9T 山下 心暖 -3 ¥412,000
9T 上堂薗 伽純 -3 ¥412,000
9T 木下 彩 -3 ¥412,000

賞金ランキング(明治安田ステップ・ランキング)への影響

この結果、ステップアップツアーの「もう一つの戦い」である賞金ランキングは、以下の通りとなった。

選手名 本大会成績 獲得賞金(今大会) 最新賞金ランク 最新獲得賞金(年間)
皆吉 愛寿香 3位 ¥1,360,000 2位 ¥14,947,400
六車 日那乃 6T ¥610,000 3位 ¥12,373,523
下川 めぐみ 優勝 ¥3,600,000 35位 ¥4,200,000

この優勝で、下川は「QTファーストステージ免除」という、ベテランにとって極めて重要な権利を獲得した。だが、彼女は決して満足してはいない。

彼女はトロフィーを掲げ、あくなき闘争心を込めてこう言いきった。

「(これを)スタートの1勝にしたい」。

彼女の視線は、ステップアップツアーの勝利に留まってはいない。

「今年はQTファイナルステージの突破を目標にする。それからJLPGAツアーの優勝、また年間女王になることもあきらめてはいません」。

42歳、下川めぐみ。周南での涙は、彼女のキャリアの終着点(エピローグ)ではない。ジョコビッチのように、年齢という常識に抗い、再びトップツアーへ駆け上がるための「序章(プロローグ)」に過ぎない。我々はそのあくなき闘争心の、目撃者となったのだ。

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